不安は隠せなかった。とにかく今回は利島まで一直線のプロパーコース上を離れずに角度の浅い方
を選んで船を進めた。天気が悪く岸は一切見え無かったのでコンパスとGPSが頼り。一向に凪ぐ事の
無い波とうねりに皆の口数がしだいに減っていった。
食事はパンかドライフードそして水。強い匂いのする食事を控える為だ。視界も悪く、周りの船も徐々
に見えなくなってしまった。こうして一日目の夜がやって来た。
暗くなると航海灯の方が分かり易い。前にも後ろにも結構たくさんの灯が見える。残念ながら、どの灯
がどの船のものか分からないが、この時点では皆そんなに離れていない所にいる様だった。明けて土
曜の朝6時JSAFの航跡には御前崎沖のDBが掲載されている。この日は何故か青空で視界は良好
だったが、南の方に居るせいか岸が見えない状況は変わらず、他艇も殆ど確認できなかった。風の向
きが変わってスピンが揚がるようになっていた。12時にやっと御前崎を越えて駿河湾の南に進み、昼
過ぎには東海のシードと併走した。18時には石廊崎の手前で二日目の夜を迎える事になってしまう。
これから利島を回航してもまだ50マイル。5ノットで走っても10時間は掛かる。我々はとんぼ返りを決
めているので日曜の朝10時までには江ノ島に着きたい。今から、何処にいても10時になったら引き返
すか?それとも今、下田に入って休息を取るか?そんな事を考える内に、待望の風が吹いて来た。
前方に大きな黒い影の利島が見える頃には、風は20ノットに達していた。このままだと利島を越えた
所でジャイブになる。
すぐ横にジャストが並んでいる。島を越えた。ジャイブの準備を開始、「よし!やろう!」「待って!」「ん
っ?」「どうした?」バウからスピンがフォアステイに絡んだと言って来た。「しまった!」スピンの上半分
がぐるぐる巻きになって、引っ張っても降りても来ない。メインの影に入れたり、船を上らせたり、悪戦苦
闘の末やっとの思いで回収。
とりあえずジブを揚げてジャイブを完了。すると、あろうことか?あんなに吹いた風がぴたっと無くなって
しまった。何分位経っただろうか?大島ハイウェイに向けなければいけないのに方向がめちゃくちゃだ。
「なんてこったぁ!肝心な所で!」今までのロスを挽回したかったのに!僅かな風を地道に拾って、やっ
との思いで大島北端まで来た。


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