この辺りには航海灯が横一線にずらっと並んでおり、明らかに皆カームに捕まって、手こずっている様
だった。それから間もなくして10ノットオーバーの南西風が吹き出したのだが、先程のトラブルでスピン
ハリが使えないらしい。No1がこの風を上手く掴んで何とか走ってくれている。真っ暗な闇の中、突然
降り出した土砂降りの雨が視界を奪い手探りで船を進める状態が続く。メインのフットから滝のような雨
水が落ちてくる。耐えること数時間、辺りが明るくなる頃には雨も小降りになって風は前方に変わった。
見通しが良くなって周りの船も確認できる様になる。小さく見えていたウインディーが横に並んでタック。
影響が入るのを嫌って、我々もタックすると、なんと!今度はあの第一花丸が現れて、前を横切って行
った。「えぇっ〜!」ゴールはすぐそこ、最後の力を降り絞って最短コースを急ぐ。下からハルに緑の文字
がある艇が来るが、今度はDBが権利艇。前を行かせてもらうと、フィニッシュラインを作る「はしだて」が
見えて来た。このままでは入れないので、もう一回タックが必要だ。そこへまたしても第一花丸がスター
ボーから現れた。「着順で勝ちたい!」ミートした直後にタックして追っ掛けた。ラインが傾いているので
「ひょっとしたら?」と思ったが・・・。47時間も走った末に、僅か数秒の時間を競ってフィニッシュラインの
直前でタッキングマッチを繰り返す。うんざりする様な過酷さに疲れが倍増した。2回鳴ったホーンの、ど
ちらがDBの物なのか?その時は判らなかったが、数時間後に連絡が入りスターボーを掛けた船が優勝
艇で、第一花丸は2位。一昨年の再現の様な全くの偶然だが、VOCで一つ隣に舫って、同じ旅館に泊ま
った船が3位。そして、あんなに早かったサンラックは4位に終わった。ORC総合1位から5位までを我々
のクラスの船が占めた成績だった。
江ノ島Y/Hに舫って束の間の休息を取ると、陸組みに別れを告げて、僅か1時間で出航。どうしても明る
いうちに下田から石廊崎へ抜ける近道を通過したいので、下田に向け進路を取るが、波も風も強く叩か
れて船足が延びない。そこは海上に目印が無く、綺麗に海底が見えて布施田よりも怖かった。海図では
北側が3m、南の暗礁が8mはあるのだが・・・怖い。残念ながら時間がかかり夕刻になってしまった。
以前、江ノ島のグレートピープルのオーナーに教えてもらった方法を試してみる事にした。下田と石廊崎
の両方の灯台を同時に見ながらグリーン、ホワイト、レッドの光の変化を頼りに無事通り抜ける事が出
来た。
その後は順調に石廊崎、御前崎、天竜を越えて渥美半島まで来た。夜は明けたのだが、辺りを濃い霧
に包まれてしまった。一難去って、又一難!数十メーターの視界に不気味なエンジン音が微かに聞こえ、
排気の匂いが風に乗って来る。慎重に微速で進んで行くと突然!大型の漁船が現れ、お互いにびっくり!
ホグホーンを鳴らしながら、急いでレーダーリフレクターを揚げて見るが、どうも底引き網漁の真っ只中を
進んでいる様だった。右や左に漁船の姿が見えては消えるのを目の当たりにして、恐怖で必死に操船し
た。圧巻は訳が分からず、網のエンドにある黄色いブイを避けたら、突然現れた漁船のスタンにびっくり!
なんと引いていた網を跨いでしまった。本当に生きた心地がしなかった。辛うじて衝突を避けて、無事に
伊良湖を回り三河湾へ生還できた頃には緊張も解れて、懐かしい5日ぶりの景色にやっと胸を撫で下ろ
す事が出来た。それにしても三河湾は静かだ!頭の中は睡眠不足で、
ぐちゃぐちゃだけど木曜から過ぎて行った貴重な時間が走馬灯のように、
もう一度ゆっくりと流れた。
江ノ島から蒲郡まで帰路は27時間、木曜の出航から、ざっと82時間の
海上生活にもやっと終止符を打つ事が出来た。
さて、世間にはプロが参加する様な数々のロングレースがあるが、我々
の様なサラリーマンでも参加できるオーバーナイトの外洋レースがパー
ルレースだ。このレースには書面では書き表す事の出来ない魅力が山
ほどある。終わった瞬間の放心状態。「もういい!」本当にそう思う。とこ
ろが、一年が過ぎて、この季節が近づくと、すっかり忘れてしまって半ば
義務感で「今年はどうする?」と言いながら準備に掛り、万難を排して行
くのである。しかしながら、そんな気持ちに答えるように、必ず新しい発見


6